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​救護横浜26号掲載

第9回“救 護 の 輪”

「入団 25 年、奉仕団活動を振り返って」

◆入団のきっかけ
2000 年、救護赤十字奉仕団(横浜分隊)に入団しました。当時横須賀の任意団体で赤十字活動を続け
ていましたが、当時の横須賀には自分自身が望む活動に合う赤十字奉仕団がありませんでした。さらなるスキルアップを望み、船崎さんから救護奉仕団の田島さんを紹介されたのが入団のきっかけでした。阪神淡路大震災(1995 年 1 月 17 日)や日本航空 123墜落事故(1985 年 8 月 12 日)の悲惨な事故を報道で知って、何か災害時に出来る事はないか?と思い災害救護に関心を持っていました。ですから今でも自分にとって一番ベストな奉仕団を選んだと思っています。


◆自身が関わってきた主な災害出場活動
1)東海豪雨災害(2000 年 9 月 11 日~12 日)
当時登録していた東京都赤十字救護ボランティアの一員として出動しました。部隊間の連絡を取
り合う中、当時の携帯電話の機能面で対応しきれなかった所を無線機で対応出来たことから改め
て業務無線機の有用性認識しました。また、消毒防除作業や水害時に必要となる資格として、後の
一級小型船舶操縦士(1 級)免許の取得にも繋がりました。
2)新潟県中越地震(2004 年 10 月 23 日)
神奈川県支部から「ボラバス」が 2 度出動し、特殊救護奉仕団や防災ボランティアと共に全て参
加しました。泥かきがきつかった事と「小型車両系建設機械運転技能講習」資格の必要性を感じま
した。
3)東日本大震災(2011 年 3 月 11 日)
1. 釜石鈴子広場の臨時救護所運営(岩手県釜石市)神奈川県支部から職員1名、ボランティア1名を
派遣され、活動内容は鈴子広場の救護所の運営補
助と鈴子広場に派遣された赤十字救護班(医師、看護師、薬剤師、事務)の巡回派遣先調整補助が主な業務でした。毎日救護所に話をしに訪れていた方が支援の必要な捜索中の方で、保護につながり感謝された事、不十分な電波環境の中、衛星電話を使って支部との連絡を取った事、屋外での携行缶を使った燃料供給体験を通して「消防設備士」「消防設備点検取得者」の取得に繋がったのもこの体験があったからこそでした。


2 . 石巻赤十字病院への人員輸送(医師:精神科医派遣輸送)及び日赤本社ボランティア活動。
発災当時、鉄道は勿論、一般道を含めた高速道路は消防、警察、自衛隊、米軍車両等を除き一般車
両は通行規制がある中、日赤本社のボランティア活動に神奈川県防災ボランティアのドライバーと
して派遣されました。また、当時の赤十字のイメージキャラクターをしていたタレントの藤原紀香
さんと石巻赤十字病院で一緒になるエピソードもありました。

 

4)京急線脱線事故土砂崩れ(消防団の活動)※こちらは赤十字活動ではなく、地元消防団活動でした。

脱線事故の為、トンネル内は架線の電源落としていた為、真っ暗で足元が悪い中、トンネルを
含めた700m程の距離を行き来する担架搬送を行ないました。当日は慌てて参集した為、ヘッド
ランプの装備を用意せず現場に向かってしまい、普段から緊急出動時の準備の大切さを痛感しました。

​※事故概要:2012 年 9 月 25 日午前零時頃、横須賀市の京浜急行京急田浦-追浜駅間で線路脇の斜面が崩れ、京成高砂発三浦海岸行き下り特急電車[(8両編成:乗客約 700 人)が線路に流れ込んだ土砂に突っ込み、先頭車から 3 両目までが脱線した.

◆自身の体験を振り返って今思う事今回お伝えした活動以外でもイベント救護、火災、海上保安庁との訓練や海上保安庁船舶見学、現在のビックレスキュー、九都県市総合訓練等、いろいろな経験してきました。消防団での活動も含めすべての救護活動の基本は赤十字で神奈川県救護赤十字奉仕団で身に付けたと言えると思います。
改めて救護赤十字奉仕団での経験を振り返ると、訓練が基本にあったと思います。そして、訓練で身に付いたことは単なる技術や知識だけでなく赤十字の理念の中心にある「人道」に関する教育が基本的に災害派遣でも役立ったと思います。
そのために欠かせない事は「訓練」と、その中で生まれる「繋がり」です。
これかも救護赤十字奉仕団は自主的な「訓練」を積極的に行いながら、訓練活動を通じて親睦を深め
ることで仲間同士の繋がりをさらに強化して行きましょう!

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写真はご本人の希望で加工しています

「救護よこはま」第 25 号掲載

第8回“救 護 の 輪”

「私と赤十字」

 私と赤十字の出会いは、幼少の頃の記憶で残っているのが当時、恵比寿に住んでおり、母が血尿で夜間に赤十字医療センターの夜間外来に駆け込み赤十字マークを見たのが初めてだと思います。その当時は、かなり劣化の進んだ建物と記憶があります。
その後、祖母が医療センターにかなり長く入院し毎日のようにお見舞いや洗濯物等の受け渡しなど毎
日のように通っていました。当時は、かなり奇病を患っていた様です。現在のコロナ禍での病院のお見舞い対応では考えられない自由な世界でした。当時からかなり有名な方も入院されていて幼少の私は後から気づきました。その後、私の父と母の仲人の叔母が永眠した時に赤十字に寄付をした関係で遺骨に勲章が付いていたので何かと当時は分かりませんでしたが赤十字で活動してから、表彰制度で寄付行為と活動を始めてから分かりました。

 また、近所の駐車している車に、当時の水安のラッシュガードと思われる物をハンガーで吊るしてあり、それは、何ですかと尋ねた時、当時は理解できませんでしたが多分水安の指導員の説明を受けたのではないかと記憶があります。
 成人になり警備員指導教育責任者講習で赤十字の救急法と言うものがあると知り、赤十字の門を叩
きました。
救急法の講習受講でその当時指導員であった高森氏に指導員を目指さないかと言われ、一番初めは、安全奉に仮入団致しましたが、その当時は、指導員以外は、活動が少なく悩んでいた時に、当時、救護奉の中川氏を紹介頂き現在に至っております。
入団後、順調に指導員まで最短で拝受し、その後、阪神淡路大震災の帯同に選ばれ、色々な経験をさせ
て頂きました。現在も未曾有の災害が続いておりますが入団後から災害対応が増え、DMAT 等動き出す
前から、災害救護などの対応ができた事は私の一生の宝です。思い返すと私と赤十字の接点は、かなり
昔からあった事に気付かされました。このふりかえりの機会を与えてくれました、奉仕団広報担当者
様、奉仕団役員の方に感謝を致します。今後も関東近県での震災が叫ばれている昨今、身近な人から守
れれば良いと思う今日この頃です。

内 田 孝 一

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​救護横浜24号掲載

新団委員長就任のごあいさつ

今回救護奉仕団委員長を仰せつかりました植村保男です。
皆様におかれましては、日頃から赤十字活動にご参加いただきお疲れ様で
ございます。
近年増々世界中で災害は大規模化し多発しております。日本国内におきま
しても、線状降水帯などによる、今までとは規模も様相も大いに違う被害
が出ております。
救護関係三奉仕団の一員として神奈川県支部と連携を取り、訓練を重ね積
極的に防災、減災に繋げていく活動をしたいと思います。
より良い奉仕が出来るように心がけてまいりましょう。
宜しくお願い致します。

植村保男

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​救護横浜24号掲載

第7回 “救 護 の 輪

「人生は自分探しの旅」

私が初めて赤十字に出会ったのは当時中学生で参加していたボーイスカウトの体験研修でした。昭和48 年(1973 年 、中学生の頃の話です。今は定かではありませんが「赤十字の少年救急法」として講習を受けた記憶があります。当時は今の「胸骨圧迫」一般普及はしていませんでしたし、人口呼吸もニールセン法 直接吹き込まない用手人工呼吸法の一つ
がスタンダードな講習でした。三角巾を主とした包帯法の基本的なことは現在とそれほど大きく変わっていません。そこからボーイスカウト活動の中で救急法を活用しつつ同じ「奉仕の精神」を高校卒業まで体験しました。その後は大学を卒業し、横浜YMCAで健康教育部門に関わり赤十字水上安全法の救助員講習を受けた主管団体が神奈川県救護赤十字奉仕団横浜分隊でした。私にとっては赤十字活動との再会です。その時の指導員には故金子邦親さんや今も現役の角田さん、スタッフで中川さんもおられました。
講習修了時に「君、うちの奉仕団に入らない?」と誘われて入団したのが昭和60年(1985年)。転職後も幼稚園や、そこから広がって関わっている自然体験活動(ネイチャーゲーム)においても様々な分野でリスクマネージメントは不可欠で、そのかかわりの中でも私の軸となっているのは赤十字の「人道」です。水安救助員から指導員・救急員から救急法指導員&幼児安全法指導員を経て現在に至るまでの間で、常に相手の立場を尊重し肯定感もって生きることの大切さを体験を通じて学ばせていただきました。私にとって赤十字そして救護奉仕団との出会いは偶然ではなく必然であったことを歳を重ねるごとにしみじみと感じております。
「人生は自分探しの旅」旅は終盤となりますが、これからも心と身体が続く限り赤十字人としての自分探しを続けてまいります。

園 田 恵 一

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​救護横浜23号掲載

第6回 “救 護 の 輪
 

「細く、長~く!」

私が赤十字と出合ったのは1982 年初夏の頃、当時の私は養護教諭を養成する専門学校の学生でし
た。その専門学校で学生オリエンテーションの時、担当教官から「神之木台青少年会館で、日本赤十字社が開催する救急法講習会があるので、できれば全員受けるようにしてほしいが、定員があるので早めに申し込むように。将来、みなさんが就職した時、直結する内容なので資格として取得すれば優遇されるから。」との指導があり、仲がよかった友人 3 人と申し込んで受講したのがきっかけでした。その時、指導員でお世話になった方が今の救護赤十字奉仕団を立ち上げた玉野 進さん(故人)と金子邦親さん(故人)をはじめとした 3 4 名の救急法指導員の方と、手伝いで来られた同じ専門学校の 1 年先輩 4 名でした。
その時の救急法正規講習会は今よりも時間数が10時間以上も多く、期間も長い、そして学科・実技共に初めてのことばかりだったため、自分としては精神的・体力的にも講義に追いついていくのが精いっぱいで、休憩時間ごとに仮眠をしていた記憶があります。その時指導員とて来られていた方々は退社後、疲れているにも関わらず、みなさん笑顔で我々に解りやすく指導してくださり、おかげで、救急法救 急員の試験に受かり、自分の名前が記載されている適任証を手にした時はからだが震えるくらいうれしかったです。

そんな時、私の気持ちの中に「赤十字とは今後長い付き合いになるかも?」と思うようになり、一緒に受講した友人と先輩に話をしたところ、救護赤十字奉仕団を紹介され入団しました。 その時、講習会でお世話になった指導員の方々もいらっしゃり、笑顔で受け入れていただき、とてもうれしかったです。 2 年後、念願だった養護教諭として就職し、 3 年目の時、救急法指導員を取得し現在に至って い ます。一緒に入団した友人もそれぞれの事情で今は退団してしまいましたが、今でも会うと救護赤十字奉仕団の話が出ます。
私自身、あまり奉仕団活動に参加できていないのが現状ですが、同じ奉仕団の方々との定例会(今は
オンライン)での近況報告・情報交換など、お互いを知るうえではとても貴重です。
救護赤十字奉仕団はいろいろな職業の方がいらっしゃいますが、活動をしている時 は、輝く笑顔で優しく接する仲間がいる、そして、今まで活動などを理解し、時には背中を押してくれた家族と、私の気持ちに賛同し、救急法指導員・救護赤十字奉仕団に入団してくれた娘に感謝しながら、これからも健康に気をつけて細く、長~く活動したいと思いますので、親子ともどもよろしくご指導お願いします。

安藤 尚 美

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​救護横浜23号掲載

「今年度の活動が早くできることを期待!」

分隊員の皆さま、救護奉仕団活動にご理解とご協力を賜りありがとうございます。
今年になってもいまだ新型コロナの感染拡大は収まっておらず、最近では 新型コロナのワクチン接種と東京オリンピック関係のニュースに明け暮れでいます。新型コロナに関しては、昨年4月7日に第 1 回目の緊急事態宣言が発令されて以来、今年 1 月 8 日には第2回目の緊急事態宣言が発令、そして4月 25 日には第3回目の緊急事態宣言が発令され 6 月 20 日まで再延長されています。神奈川県においては 4 月 20日に横浜市、川崎市、相模原市の各市にまん延防止等重点措置が発令されましたが、その後も対象地域がさらに拡大され現在では22の市町村に及んでいます。この様な状況下で昨年度は新型コロナの関係でほとんどの活動ができませんでしたが活動できたものについては例会および横浜分隊のホームページに掲載し広く情報発信して きました。これからさらに分隊情報を広げるために、 分隊活動の一つとして横浜分隊ホームページを周りの人に紹介し広げてほしいと願っています。

2021年 4 月 13 日に開催された 2021 年度横浜分隊定期総会で承認された活動計画は、新型コロナの関係で神奈川県障害者スポーツ大会が中止になり、また神奈川県ゆうあいピック大会も延期になっています。 2021 年 5 月 4 5 日には、こどもの国の臨時救護活動が行われました。 5 月 3 日は青年赤十字奉仕団が臨時救護を行ないました。来年度は青年赤十字奉仕団と連携して5月 3 日~ 5 日の 3 日間合同での臨時救護活動を検討しています。ご存じのように 横浜分隊も ⾼ 齢化してきました。なんとし ても 分 隊員の皆さまの 協 ⼒ と ⽀ 援により新しい隊員の増員に努めたいと思います。
今回「救護よこはま」第23 号が発刊されました。この「救護よこはま」の創刊号は 2012 年 5 月に発刊されています。「救護よこはま」の持ち味は気楽に読める発信源となるだけでなく継続することで貴重な記録になり将来これを綴る こと で記念誌になり、救護奉仕団活動を振り返りかえる時の
かけがえ の ない資料になります。これから如何なることがあろうとも細く長く発信続け ていくことが大切です。分隊員の皆さまのこれまで以上のご協力をお願いいた
します。
                               神奈川県救護赤十字奉仕団
                               横浜隊長 玉江 牧雄

​救護横浜22号より

第5回 “救 護 の 輪

「えがおのサンマ」

私が救護赤十字奉仕団に入団してから37年が経ちました。入団当時は救護奉仕団創設メンバーの
玉野進元委員長や柳原前委員長、植村副委員長、鈴木幸一さんなどの先輩達から沢山のことを教えて頂きました。そのような中で今でも印象に強く残っているのが故金子邦親元横浜分隊長のすてきな笑顔です。ライフセービングの世界ではレジェンド的な存在で、卓越した技術と指導力で赤十字の活動だけでなく海の安全に大変貢献された方でした。活動時には常に笑顔で誰とでも分け隔て無く接して困っているときには優しく手を差し伸べてくれる方でした。
奉仕団活動では沢山の知識・技術を学びましたが、赤十字に関わる人間として一番学んだことは故金子邦親さんの笑顔と相手を気遣う優しさでした。
現在の私は、赤十字の活動をするときだけではなく、いつでもどこでも笑顔の大切さを伝えられるように、座右の銘として
「えがおのサンマ」(3つの間を大切に!)『笑顔』の「時間」「空間」「仲間」が広がるようにしましょうと伝えています。
赤十字の救護奉仕団活動は災害時に支部の災害救援活動を支援するのが本来の目的ですが、私達が
直接被災者に接する機会は少なく、被災地に赴くことも滅多にありません。

私が救護奉仕団員として被災地入りしたのは入団から13年年後の1995年の阪神淡路大震災と2011年の東日本大震災の時でした。被災地に入ることで多くのことも学びますが、誰もがいつも被災地に入る訳ではありませんので、被災地に入るメンバーを送り出すこと、支部支援センターで救援活動を支援することも大切な活動です。
そして何よりも大切なことは平時活動です。こどもの国の臨時救護、障害者スポーツ大会・ゆうあいピックでの救護活動は、何かが起こるかも知れない自分はどのような行動をすれば良いのか、心構えを鍛えると共にメンバーとの意思疎通の貴重な機会です。
例会で顔を合わせお互いの日常を伝え合うこともいざというときの為には必要なことです。
皆さんが無理せずできる範囲で活動できること顔を合わせた時には輝く笑顔で優しく接すること
ができる奉仕団であって欲しいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。

​救護横浜22号より

第5回 “救 護 の 輪

「えがおのサンマ」

私が救護赤十字奉仕団に入団してから37年が経ちました。入団当時は救護奉仕団創設メンバーの
玉野進元委員長や柳原前委員長、植村副委員長、鈴木幸一さんなどの先輩達から沢山のことを教えて頂きました。そのような中で今でも印象に強く残っているのが故金子邦親元横浜分隊長のすてきな笑顔です。ライフセービングの世界ではレジェンド的な存在で、卓越した技術と指導力で赤十字の活動だけでなく海の安全に大変貢献された方でした。活動時には常に笑顔で誰とでも分け隔て無く接して困っているときには優しく手を差し伸べてくれる方でした。
奉仕団活動では沢山の知識・技術を学びましたが、赤十字に関わる人間として一番学んだことは故金子邦親さんの笑顔と相手を気遣う優しさでした。
現在の私は、赤十字の活動をするときだけではなく、いつでもどこでも笑顔の大切さを伝えられるように、座右の銘として
「えがおのサンマ」(3つの間を大切に!)『笑顔』の「時間」「空間」「仲間」が広がるようにしましょうと伝えています。
赤十字の救護奉仕団活動は災害時に支部の災害救援活動を支援するのが本来の目的ですが、私達が
直接被災者に接する機会は少なく、被災地に赴くことも滅多にありません。

私が救護奉仕団員として被災地入りしたのは入団から13年年後の1995年の阪神淡路大震災と2011年の東日本大震災の時でした。被災地に入ることで多くのことも学びますが、誰もがいつも被災地に入る訳ではありませんので、被災地に入るメンバーを送り出すこと、支部支援センターで救援活動を支援することも大切な活動です。
そして何よりも大切なことは平時活動です。こどもの国の臨時救護、障害者スポーツ大会・ゆうあいピックでの救護活動は、何かが起こるかも知れない自分はどのような行動をすれば良いのか、心構えを鍛えると共にメンバーとの意思疎通の貴重な機会です。
例会で顔を合わせお互いの日常を伝え合うこともいざというときの為には必要なことです。
皆さんが無理せずできる範囲で活動できること顔を合わせた時には輝く笑顔で優しく接すること
ができる奉仕団であって欲しいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。

田島 真也

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